
屈原は中国の戦国時代、長江流域を支配した楚の政治家。家柄もよく詩文に優れ、能力の高さから君主の懐王にも厚く信任されていました。しかし剛直な性格であったため、国内の政敵の讒言(嘘の告げ口)にあって左遷され、国政の中枢から外されることとなりました。屈原が仕えた懐王は敵国の秦に騙されて監禁され、秦によって楚の首都が攻め落とされると、楚の将来に絶望した屈原は石を抱いて汨羅江(べきらこう)に身を投げたと言われています。
この文章では楚を追放され、痩せ衰えた屈原が漁父(漁師のおじいさん)に呼び止められたところから始まります。屈原と漁父の問答からは彼の高い理想主義と、現実に甘んじて妥協しようとしない高潔な姿勢が読み取れます。屈原が「川に身を投げて死ぬとしても、潔白なこの身で世俗の汚れを受けることなどできない」と言うのは、彼の最期を暗示する興味深い言葉です。一方、問答の相手として登場する漁父は単なる年老いた漁師ではなく、「聖人とは物事にこだわらず世の中の推移とともに変化するものだ」と説く道家的な思想の持ち主であり、二人の考えが交わることは一切ありません。
高校2~3年生で学習することが多い文章です。
漁父辞 本文

漁父辞 現代語訳

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