キャベツとレタスの言語論

LIFE

キャベツ?レタス?

 朝、食卓に料理を並べていると、起きてきた6歳の三女がひとりごと言ってます。
「う~ん、どっちにしよっかなぁ 当たりますように、当たりますように」

 いよいよ決めたらしく
「父ちゃん、これキャベツやろ!」

 それは、レタス。

 どうやら彼女にはキャベツとレタスの区別がつかず、その葉っぱがキャベツかレタスかはイチかバチかの賭けのようです。私も子供のころはキャベツとレタスの区別ができなかったし、肉が牛か豚か鶏かわからなかったのを思い出しました。
 この記事の画像を探すために、「キャベツ レタス」と検索してみたら、「違い」が2位にサジェストされました。検索結果を見ていてもキャベツとレタス(と白菜)の違いについて書いたサイトやまとめがたくさん出てます。「macaroni」なんかの大手サイトも記事にしています。みんな気になってるんですね。

これは、キャベツ
これは、レタス

私の基準

 あらためて、自分が何を基準にキャベツとレタスとを区別しているのか言語化してみようと思います。ある種の実験ですね。

 キャベツ・レタスを見たときに図鑑を見て同定することはないし、食べたり触ったりする前に判断できます。すなわち植物の分類としての区別や味・香り・感触などは事後的な情報であり、瞬間的な判断の根拠とはなりません。


 こういった情報を除外した結果、私が判断の根拠としているのは表面のテクスチャだということに気づきました。今更ですが。
 表にするとこんな感じです。

キャベツマット 緑と白の絵の具を混ぜたような色合い 葉がカール
葉脈の部分が隆起
レタス透明感がある 緑から白へのグラデーション 葉が波打っている
葉に細かな凹凸
キャベツとレタスのテクスチャの違い

言語化する→伝えられる

 なんと、自分がどうやってキャベツとレタスを見分けているかを考えてみたことで、私がいままで経験的に判断していた「違い」を言語化することができました。言語化できたということは、人に伝えることができるようになったということです。

 つまり私は「キャベツかレタスか、見たらわかるでしょ」とか「大人になったらわかるようになるよ」と答えるしかない次元を抜け出して、娘に「キャベツは緑と白の絵の具を混ぜたような色だよ」「レタスは透き通った感じだよ」と伝えることができるようになったんです。

 私が私の基準を言語化したことで、それを聞いた別の人が、また別の人に話すことができるかもしれません。さらに「こういう基準もあるんじゃない?」と、別の基準を提示することができるかもしれません。

 言語化することで、経験や感覚として私個人に属していたものが、私から切り離され、伝達したりや加工したりすることが可能になりました。私自身も私の経験や感覚を相対化して、吟味することができます。これが言語のはたらきの一つですね。

 

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